Simple formula for Surface Energy
If you need English version, please contact to Takahashi (takahak@ide.titech.ac.jp).

表面エネルギーの単純公式について

図1 文献[1〜3]の結果 図2 文献[5]の結果
1. Lang & Kohn の取扱(1970)
表面エネルギーに関する教科書には必ずと言ってよい程 Lang & Kohn の論文[1] が参照されています. Kohnは密度汎関数近似(DFT;Density Functional Theory)の ノーベル賞受賞者のあのKohnです. 文献[1]の理論が図中に"SCF-Jellium"で示した破線です. この理論では,高電子密度の物質に対して表面エネルギーが 負になってしまいます.

2. Predewらの取扱(1990)
そこでPredewらは,近似を修正し, 表面エネルギーが負になる問題を解決しました[2]. Predewは様々な密度汎関数を提案しているあのPredewです. 図中に"Stabilized Jellium"で示した破線です. これで概ね表面エネルギーの電子密度依存性は 説明ついたと思われていました.

3. Takahashiらの取扱(1993)
Takahashiらは非常に単純な1電子近似により, 表面エネルギーの単純公式が解析的に得られることを示しました[3]. 図中に"Shifted step potential"で示した実線です.式は
(1)
です.この単純公式の電子密度依存性の精度は,当然, Predewらの自己無撞着(SCF)計算ほど良くないものの, 物質の全体像が掴めるものと思われていました.

4. Wojciechovskiの指摘(1999)
上記3つの論文[1-3]では,(私自身も)物質の電子密度として, キッテルの教科書[4]に載っている値を 何の疑いも無く使用して居ました (図1). 図中に"●"で示した点です. Wojciechovski はその問題点を指摘しました[5]. キッテルの教科書では,電子密度を次の様に計算しています. 例えばLi(リチウム)の場合,LiはBCC構造なので X線回折で得られた格子定数から原子の密度がわかります. また,Liは1価なので「原子1個あたり電子は1個」あります. これらから電子密度が得られます... しかし(聡明な読者は気付かれたと思いますが), 2価になったり3価になったりするような原子があるように, 現実には,原子1個あたり電子数を整数として良いとは限りません. では各物質の電子密度はいくつか?と言うと, Perrotがちゃんと計算していました[6]. その値[6]に従って実験値をプロットしなおすと,あら不思議…. 実験値はTakahashiらの単純公式に集まって来てしまいました (図2). 図中に"×"で示した点です. 最も粗い近似なハズなのに…??? Wojciechovski はDFTがノーベル賞を受賞する等, 華々しい脚光を浴びている最中に,敢えて, DFTがいつも無敵では無いことを指摘したのでした.

5. 補足
表面張力の解説 も書いたので置いておきます. 物理学辞典等で定義されているように, 表面張力は「単位面積を表面を創出するのに必要な自由エネルギー」です. 絶対零度における表面張力(つまりエンタルピー成分)が 単に表面エネルギーと呼ばれます.
科学雑誌Newton2017年5月号の記事 Basics of Science「毛細管現象」に協力しました. 中高生が理解できる表現に腐心されている事に感心しました.

6. 興味を持ったみなさんへ
表面張力(=単位面積の表面を創出するのに必要な自由エネルギー)や 界面張力(=単位面積の界面を創出するのに必要な自由エネルギー)は, 装置設計,プロセスの設計や制御,現象の予測,etc... さまざまな場面で必要となる物性値です. しかるに,いざ,その値を調べようとすると,信頼できる値がなかなか 見つかりません. 上記単純公式(1)のように,簡単にその値を推定できれば非常に便利です.
式(1)は電子ガス近似を用いた絶対零度における値です. ある温度における表面張力や界面張力に対する推定には,もう一歩, 踏み込んだ検討が必要になります. 固体間凝着力の精密な計測も,分子力学の研究も, じつは次の一歩に密接に関連しています. 未だ,publishしていないアプローチも沢山あります. この内容に興味を持ち,研究室のメンバーとして,一緒に「もう一歩」を 進めてみたいと思われた方は,是非,高橋まで連絡下さい. いつでも大歓迎です.

[1] N.D.Lang and W.Kohn, Phys. Rev. B, 1, 4555 (1970)
[2] J.P.Predew, H.Q.Tran and E.D.Smith, Phys. Rev. B, 42, 11627 (1990)
[3] K.Takahashi, and T.Onzawa, Physical Review B, 48, 5689 (1993)
↑申し訳ない事にミスタイプが多々有ります. 修正点を書きこんだ物がこれです.
[4] Kittel, Introduction to Solid State Physics, wiley, NewYork, (1986)
[5] K.F.Wojciechovski, Surface Science, 437, 285-288 (1999)
[6] F.Perrot, and M.Rasolt, Journal of Phyics: Cond.Matter, 6, 1473-1482, (1994)